『競走馬の余生について考える』を考えてみる(1)
この前やっと春のホースフェスティバルのことを書いて、続きをどう書こうかと考えていました。ところが、私がよく読ませてもらっているいくつかの競馬ブログで、最近盛り上がっていた話題がちょっと気になってしまいました。それは、
『競走馬の余生について考える』
と言うもので、競馬ファンだけでなく、乗馬好きな人達にも考えてもらいたいと感じました。議論が始まってすでに3週間くらい経ち、遅きに失する感はありますが、少し私の思うところを書かせていただきます。
例によってかなり長くなると思うので、興味のある方だけ読んでもらえば結構ですし、読んだ後に「なに言いたいんかようわからんなぁ…」ってことになるかもしれませんが、しばらくお付き合いください。
○議論の前に
まず、議論の前に私自身のことを少しお話しておきたいと思います。競馬歴は'88秋の天皇賞からなので20年超になり、POGもほぼ同時期に始めましたので孫の代が走ると言うのも珍しくなくなってきました。残念ながら一口は持ったことがありませんが、以前は好きな馬を追って遠くの競馬場に足を運ぶことも何度となくありましたので、単なるギャンブルとしての競馬ファンではないと自負しています。
また、乗馬は競馬好きが高じて始めたもので、この11月で丸15年になります。それなりに競技経験もありますが、障害は100cm、馬場は第2課目までのいわゆる初級者レベルを抜け出せない程度の技量です。10年程前に約3年間自馬を持った経験もあります。自分で言うのもなんですが、若くて才能を持ったいい馬だったと思います。ただ、私の経験不足から来るミスでその芽を摘んでしまい、そのことが未だに私の心の中では澱となって残っています。ですから、一般的な乗馬愛好家とは、馬への対峙の仕方が少し違っている気がすることもあります。
これまで意見を述べられてきたブロガーの多くは、馬に乗った経験がないか、数回程度のようにお見受けしましたので、何か違った視点で話が出来ればと思っています。
○私はこう思う
これらのことを踏まえて私の考えを述べますが、上手く論点を整理されているガトー氏のブログエントリーを基にして話を進めてみたいと思います。
私のスタンスとしては「馬の繁殖・出生を"生産"と言って人間がコントロールしている以上、馬は一生人間に"生かされている"のであり、人間の都合でその生死を左右されてしまうのはやむを得ない。」というのが前提にあって、そういう意味では、ガトー氏の言う『消極的肯定派』に属するのでしょう。ただ、自分が思いを寄せた馬(この場合は、競走馬だけでなく、繁殖用馬や乗用馬も含む)がその役目を終えた時に、その命を存えさせてやりたいと思う気持ちは痛いほど解りますし、その気持ちを具体化するためのシステムがあれば良いと言うのも理解できます。
○再就職も狭き門?
まず、競走馬を引退してどれくらいの馬が乗用馬へと転向できるのか。ちょっと考えてみました。
現在の日本の乗用馬の数ですが、全国乗馬倶楽部振興協会によると、平成20年12月の時点で、加入乗馬クラブ数276乗馬クラブ、乗用馬頭数4,859頭になるそうです。
また、競走馬登録を抹消した馬の数は、ちょっと古いですが農水省のデータがあって、平成13年の実績で中央・地方合わせたサラ系馬の登録抹消頭数が9,538頭、うち乗馬等へ転用された馬が2,667頭となっています。
ここからは推測になりますが、乗馬クラブは全乗振に未加入のクラブもあるので、そこにいる分を加えて、乗用馬の頭数をざっと6,000頭と見積もってみます。このうちサラ系馬が約7割とすると4,200頭になります。
競走馬と違って、乗馬の場合は故障や病気などでリタイアしない限り、10年以上は働くと思われます。したがって入れ替え需要がどれほどになるか推定が難しいですが、私の知っている乗馬クラブを見ている限り、年5~10%程度ではないでしょうか。となると、年間300頭前後の需要しかないと言うことになります。
この結果、「乗馬」として登録を抹消された馬が本当に乗馬になれる確率は、10数%程度という試算になってしまいました。平成13年というと、地方競馬場の廃止ラッシュが起こるより前の話なので、現在では中央⇒地方という受け皿が減っており、さらに生存競争は厳しくなっていると推定されます。
○成績はその馬の個性の一つでしかない
ある馬のファンが「もう少しの間、この馬が元気で生きているところを見ていたい。」と望んでも、その馬の所有者の(特に経済的な)利害とは相容れないことが多いし、現状はその想いが叶えられることはかなり少ないと思います。
ただ、その想いは「競走成績が良かったから」とか「優秀な仔をたくさん産んだから」という所からは来てないと思うんです。確かに強い馬にはファンも多いでしょうから、"結果的に"成績の良かった馬にはそういう想いを持った人がたくさんいるでしょう。しかし、人が馬に寄せる想いは、その馬の経済的価値などによって軽重を決められるものではないはずです。"《生命的価値》は全ての馬に等しく与えられる"と言ったところでしょうか。残念ながら未勝利に終わった馬だって、引退後の行く末を気に掛けている人は少なからず居るはずです。
競走馬の世界において、競走成績が馬の《文化的価値》の全てだとすると、競走馬としての役目を終え、たとえば繋養展示などで余生を過ごすような場合は、その価値がそのまま意味を持ってくると思います。前述のように、競走成績の良かった馬はそれだけファンも多いでしょうから、自分が引き取ってやりたいと言う人もいるだろうし、有料展示にしても来場者はある程度見込めると推測できます。
引退した競走馬が命を存えられる『一定の条件』=『競走成績』と勝手に仮定しますが、『現状改善派』の方々が考える『一定の条件』というのは、オープン特別勝ちくらいが最低条件なのかもしれません。確かにその程度まで絞り込まないと、「競走馬引退後の繋養」をシステムとして成り立たせようとしても、かなり無理が出てくるでしょう。
しかし、乗馬として転用する場合は、その《文化的価値》が全く役に立たない、むしろ、競走馬に求められる資質が乗馬にとっては逆に邪魔になることさえあります。
おがわじゅりさんの漫画『元競走馬のオレっち』には、競走馬から乗馬への転向を目指し、「全力で走らなくていい」、「前を走っている馬を追いかけない」など今までとは正反対の調教をされる馬の戸惑いが、コミカルに描かれています。また、主人公は超良血なんですが、乗馬クラブでは同僚の馬に「乗用馬に血統は関係ないよ。」と一蹴されてしまいます。
日本馬術連盟のHPには、公認競技に出場する馬の登録情報が検索できるサービスがありますが、そこに登録されているサラブレッドのうち100頭以上が血統情報のない馬です。競走馬や競技馬に携行が義務付けられている「健康手帳」には、馬名・性・生年月日・品種・毛色・産地・特徴及び所有者が記載されています。これに加えて、競走馬登録の際には血統登録証明書が必要です。
乗用馬の健康手帳を見たことがありますが、一応血統を記載する欄はあるものの、『不詳』となっている馬もいました。それでも競技会に出られなかったことはなかったので、まさに『乗馬には血統は関係ない』のかもしれません。
ちなみに、馬術競技で活躍しているサラブレッドは、競走馬としては全くダメだった馬が少なくないですし、サンデーサイレンスの血を引く馬は、その激しい気性や我の強さが災いして、乗馬への転用が難しいという話も聞いたことがあります。
私が競技会でパートナーを組んでいる馬も、元はターファイトクラブの一口馬でしたが、5戦して4回が2桁着順と出資者の方々にはとても気の毒な成績でした。そんな彼も、今では乗馬としてやっていく目処が立ってきたと感じていますが、成績だけで振り分けられていれば、とっくにこの世にはいない部類だと思います。
それだけに、『成績はその馬の個性の一つでしかない。』と強く思いますし、引退後の競走馬の行く末を振り分けるのに『まず成績ありき』ではあって欲しくないと願うわけです。
○ではどうすればよいのか?
最初に私が『消極的肯定派』に属すると言ったのは、ガトーさんの言うところの『余生を与えるシステムが実現できるのかというコストとリソースへの懐疑』が大きな理由の一つです。
『現状改善派』の方々が提案する繋養展示・乗馬・模擬レースなどはどれもいいアイデアだと思いますが、全て『馬を飼う』というのがベースになっています。これは人・金・物(土地)をかなり消費するものであり、そのための原資をどう確保するかなど、実現するためのハードルはかなり高いと思われます。
「じゃあどうすればいいの?」ということになりますが、自分の中では腹案はあるものの、まだ文章に書けるほど消化し切れていません。
ただ、一言だけ言うとすれば、引退馬の余生を過ごさせるための原資として、競馬の賞金や一口馬主の出資金を充てることを”義務付ける”ようなことはあまり賛同できないですね。むしろ、”自発的・自然発生的なその馬に対する想い”をサポートできるような仕組みを考えるべきではないかと思っています。しかし、それをまとめるのにはまだ時間が必要なので、別のエントリーとさせていただきます。
つづく
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